祈りのかたち 仏足石

仏足石とは

寺院などで「仏の足跡」というものがあります。多くは石に一足または二足対で刻まれているもので「仏足石」と呼ばれます。

「仏の足形を刻んだ石」として長く残り、その石を見たり拝して「仏がここまでやってこられた」という実感が湧き、信仰として尊んだものです。

しかし、釈迦が日本に来たわけではないのだが、「来られた」「教えを垂れた」という実感を体得する「かたち」で存在しているのでしょう。

インドから発祥して、日本には仏教伝来とともに出現したものですが、日本では約300、アジア全般には2000以上もあるとされて、スリランカだけでも1000ともいわれています。

仏足石の歴史は、そのまま仏教の歴史ですね。

 

装飾なしのシンプルな仏足石

 

仏足石の魅力

私が仏足石を知ったのは、中国洛陽の寺院で見たことが最初だったと思います。まだ若いときで仏教への関心も少なかったために、その実際の場所も写真も残ってはいないのが残念です。

後に日本の寺院でいくつかの仏足石を目にして以来、その装飾模様の不思議な魅力に興味が湧いていました。

昨年、淡路島の八浄寺を訪れた時に、スリランカの仏足石の写真が飾られていたことから、久しぶりに好奇心が立ちました。そこで少し調べてみました。

 

八浄寺正面

 

八浄寺 塀の瓦も凝っている!

 

門下の蓮模様を歩く

 

七福神の水で漱ぐ 近づくとセンサーで水が流れる

 

八浄寺の仏塔の真下に仏足石が安置してあるそう

 

八浄寺の仏足石は仏塔の真下に安置してあり、通常は拝することが出来ないのが残念でした。

仏足石には型があり、第一の型は「無紋略形」で、実にシンプルな足形です。時を経るに従って装飾が施されてきて、八浄寺の型は最終の装飾系とされるものと思われます。

スリランカ・タイ・ビルマ・ラオス・カンボジアで17世紀以後に出てきた升紋形です。

足の裏一面を升形に区切り、基盤の目のようにした中に、動植物、天体、器物、法具などをはめ込んだ進化形の仏足石です。

実物を見てみたかった・・

 

ご本尊の脇に仏足石パネルがある

 

仏像以前のかたち

仏は聖なるものとして崇めるため、釈迦の生前中はもちろん、死後もその像は造りません。そのため、法輪、菩提樹、塔、台座、等でその標識として、いわば直接に表すことがお恐れ多いので、間接表現された結果が「仏足」だったと研究者が書いています。

仏足頂礼こそが、仏足信仰の基本でした。

絢爛たる仏像が出現するまでの、わずか500年ほどの純粋な信仰のかたちかも知れません。

 

万字華紋、水かき、通身、剣、双魚、花瓶、巻貝、法輪、月、蓮心、蓮葉、蓮弁

 

調べてみると文様には全て意味があり、全ての仏足石に同様な文様が刻まれているとは限りません。もっと簡素化されていたり、家紋が入っていたりと様々な「信仰のかたち」があります。とても面白いと感じませんか?

残念なことに、仏足石の研究者が極端に少なくて文献もあまりないのです。

小泉八雲が興味を持っていたことを今回知りました。

 

衝立の仏足石

 

定石の仏足石

身近な仏足石に会いに行こうか

国内にもそこかしこに仏足石があります。ですが、近年作られたものも多いようです。

私の住む丹波市にも山南町「正龕寺」に、近隣の丹波篠山市の「正覚寺」にも、仏足石があることを文献で知り得たことが、今回の収穫でした。

暖かくなったら訪ねてみようと思います~♪

 

又、仏足石に和歌が添えられているものもあるようで、短歌五七五七七の五句形式に、さらに七音の一句を付け加えたものがあるとのこと・・歌碑ではこの一句だけが上の五句の字の大きさと違って特に小さく小字で刻まれていて、これは謡いの形で皆で合唱したらしいと・・

このことを知り、「仏足石の和歌」(五七五七七 七)、私の新しい好奇心が立ち上がった一瞬でした。

一世には 二遍見えぬ 父母を 置きてや長く あが別れなむ あひ別れなむ

釈迦の御跡 岩に写し置き 行き続り 敬いまつり 我が世は終へむ この世は終へむ

 

ガンジーの言葉 宗教のかたち

インドではもう千年近く前から仏教は亡び、中国も社会主義化されています。

シルクロードの殆どが、いまは回教徒です。

シルクロードの終着点の日本で、釈迦の御心が根付き続けていることになります。これは、不思議なことではありません。

日本は古来から八百万神の神々を、キリスト教もイスラム教も・・様々な宗教や信仰を、大らかに迎える稀有な民族だからです。

 

映画「英国総督 最後の家」

「英国総督 最後の家」という映画を見た方は多いでしょう。

この映画は、1947年にイギリス領インド帝国から独立する、その前後の騒乱の様子が描かれています。

「非暴力」を唱えた「独立の父」ガンジーが、映画の中で呟いた言葉が、私には強く心に残りました。

『どのような宗教の神にも真実がある。どちらかの神が劣るというものではない。隣人の神を否定すれば、そこに争いが生まれる。宗教で国を分ければ、いつまでも争いが生まれるだろう・・・』

ガンジーは「他の宗教よりもヒンドゥー教を重んじてはいるが、それはヒンドゥー教のことではなく、ヒンドゥー教を越えるものとしての宗教のことである」と述べています。

個別の制度化された宗教ではなく、本来的な宗というものがあると考えていたのです。

映画では

「インドは一つ」と、統一を唱えたガンジーの言葉は無視され続け結局、政治家たちがそれぞれの利権を求めてインド帝国を、今の「インド」と「パキスタン」に分断し、宗教の境界線で分けました。この独立前後で多くの犠牲がありました。宗教の争いでした。

人間の醜いエゴや残酷なシーンに目を覆う場面も多くありましたが、ラストで宗教の違いから離ればなれになっていた恋人同士が命からがら再会したことで、鑑賞者はほっと気持ちが救われます。

いろいろと考えさせられた映画でした。鑑賞後、『重かったなぁ・・』が口をついて出た言葉です。

因みに現在、インドはヒンドゥー教が約80%、イスラム教が13%。パキスタンはイスラム教が97%、ヒンドゥー教が1.5%、残りはその他の宗教が占めているそうです。

 

争いの歴史は繰り返す

日本では「無宗教」とハッキリと公言する人もいて・・逆に私は恐ろしいです。そのような方々は、不遜な考えに支配されることはないのでしょうか?

悲しいことに人類はいつの時代でも、どこかで争いを起こしていますね。

世界中の信者、仏足石を刻んだ多くの人々の心には、釈迦に対する尊敬の念で溢れていたことでしょうそれを想像すると、他者を認めることが出来ない、自分中心の貧しい心根がはびこる昨今が悲しいですね。

仏教だけでなく、イエス・キリストやマホメットの足石もあるそうで、信仰上や記念として賢人偉人の足形や手形が世界中にあるということは、人の思考回路は長い歴史の中でも変わらないものなのかも知れないと・・チョッピリ面白がっている私です。

仏足石を拝したかつての人々のように、私も釈迦の御心を忘れずにと祈念します。

 

参考文献:①日本見在佛足石要覧 佛足石のために 加藤 諄 ②日本仏足石探訪見学劄記 加藤 諄 ③図説 世界の仏足石 丹羽基二

 

 

 

 

 

 

 

 

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